みんなをつなげる、文字とイラストの底力
6月17日(水)午前10時、三越伊勢丹オンラインストアで販売開始された「#みんなでマスク」プロジェクトのマスクは、すべてのモデルが翌18日(木)には完売。その反響の大きさには、関係者でさえ驚きを隠せない。伊勢丹新宿店本館3階=センターパーク/ザ・ステージ#3に設けられた特設会場では、マスクの全デザインサンプルとともに参加40ブランド以上のデザイナーによる直筆メッセージがディスプレイされた。開始早々にマスク自体の購入はできなくなってしまったが、その後も芸術性の高い展示とデザイナー自身の熱い思いに触れることができる、見応え十分なスペースとして機能したのだ。
そんな特設会場で、「#みんなでマスク」プロジェクト全体を盛り上げ、ハートフルでスタイリッシュな世界観を作り上げることに貢献した人気クリエーターふたりにお話を伺った。誰にでもわかりやすい言葉で、心を揺さぶるステートメントを綴ったコピーライターの後藤国弘さん。シンプルで洗練され、マスクに前向きな男女のデザインを手掛けたイラストレーターの長場雄さん。思い入れたっぷりにこのプロジェクトに取り組んだ両者の願い、そして“コロナ後”の世界に見出した、ポジティブな気付きとは?
※伊勢丹新宿店本館3階=センターパーク/ザ・ステージ#3でのイベントは終了しております。
おしゃれなマスクを“楽しむ”ことで貢献を
──「#みんなでマスク」プロジェクトの概要を聞いたとき、おふたりは最初にどんなことを考えましたか?
後藤:僕は以前から三越伊勢丹さんとご一緒する機会があり、ソーシャルな取り組みでも、東日本復興支援を目的とした『どんぐりバッヂチャリティ』のコピーなどを担当させていただいてきました。だからこのコロナ禍においても、社会貢献をしながらファッションを通して世の中の力になりたいという『#みんなでマスク』プロジェクトのフィロソフィーは、とても三越伊勢丹らしいものだと思いました。個人的にも以前から“ファッションの力”というものに興味をもっていたこともあって、心から喜んで協力させていただきたい、とても素敵なプロジェクトだと感じたんです。
長場:僕も、即答でやらせていただきたいと(笑)。世界中のみんながコロナで困っているなかで、『自分のできることって何だろう?』と、ずっと考えていました。そんなタイミングでお声がけをいただけたんです。マスクをポジティブなものとしてとらえているのが、とてもいいと思いました。
長場:コロナが流行りはじめていたとき、街の人々を描くお仕事で、マスクをした若者を描いたことがありました。実際マスクをしている人がどんどん増えていっていましたからね。ただ、事態が急激に悪化していくなかだったので、それはやめたほうが良いんではないかという話になって。でも最終的にはクライアントの方でも、今の時代を写すという意味では良いのではということになり、マスク姿の若者を描くこととなりました。そこからさらに時が経過して、『マスクをポジティブにとらえよう』というところまできたのが、このプロジェクト(の要諦)なんじゃないでしょうか。これからの世のなかは、マスクをしている人物の方が、自分にも他の人にも優しい、ポジティブな人に見えるんじゃないかなって思います。
──ではコピーライティングとイラストレーション、おふたりが実際に制作に向き合うなかで、特に意識したのはどのような部分でしょうか?
後藤:エバーグリーンブック(三越伊勢丹グループ全国約8万人のスタイリスト (販売員)のなかでも、特に優秀な人材として表彰されている精鋭スタッフ“エバーグリーン”を紹介する小冊子)のために全国の店舗を巡って取材するという仕事を8年ほど続けているので、すべてのお買場が休業となると、そこに立たれるスタイリストの皆さんの顔が浮かんでしまって……。とても寂しいだろうなぁ、元気かなぁって(泣)。プロジェクトの担当者の方とお話しながら、皆さんの顔を思い浮かべていました。でも思い入れによってエモーショナルになりすぎるのは、コピーを作る際にはよくないこともあるんです。そこは気をつけるようにしましたね。
長場:僕は最初に『ファッションブランドと縫製工場とが、“つながる”ことを重視したい』というコンセプトをいただいたので、それを説明する、“つながり”を線で示すようなイラストにすることも考えました。でも、それだとグラフィックとしての強さがなかなか出ない。むしろ単体で、ひとりの人物にマスクを付けさせて、ストレートに伝える方がいいと思ったんです。
長場:コピーが『#みんなでマスク』っていうシンプルで強いものに決まったこともあり、イラストもシンプルかつ、わかりやすいものにしたいと。『#みんなでマスク』をしよう、というメッセージなんだから、やっぱりマスクをした人がボーンと前面に出たほうがわかりやすい。それを見ていただいて、お客さまの『これはなんだろう?』というアテンションを生み出し、あとから“背景”としての情報を知っていただければいいな、と思いました。
──男女のキャラクターがお互いに背を向けているのは、なぜでしょうか?
長場:目に見えて近いから、つながっている、親しいというわけでもないのが、今の時代。離れているように見えても、実はデジタルツールなどを通してすごく親密だったりしますよね。だから物理的な距離感は、本当の意味での“つながり”の強さや親密さを示すものではないと思うんです。
後藤:実際の作業は、どんなコンセプトで、どの部分を特に強調したいプロジェクトなのかということなど、じっくりとご担当者さまにお話を伺うところからスタートしました。ファッションブランド、縫製工場、生活者であるお客さま。皆さんをつなげたいという思いがまずあって、その結果として医療従事者の方々を応援したい──そのお考えを聞いたときに、“みんなで”おしゃれなマスクをし、“みんなで”つながろうということを一番に強調した方が、メッセージが伝わりやすいと考えました。(寄付によって)感謝応援の気持ちを届けるというのも大きな目的ではあるけれど、“みんなで”つながることが、なにより大切なんだと。それを三越伊勢丹らしく、おしゃれに、ファッションの力を使って、と考えたとき、あまりゴチャゴチャいじらずにシンプルにしましょうと。
後藤:『#みんなでマスク』──このキャッチコピーは、かなり早い段階で決めることができました。ハッシュタグでバズらせる今どきな手法のためというより、とにかくシンプルで、わかりやすいものであることを優先したんです。マスクを作る人も、着ける人も、“みんなで”楽しみながら社会に貢献できる。ファッションブランドの皆さんと一緒になって、“みんなで”“おしゃれな”マスクを楽しむというのが、三越伊勢丹さんらしい。この取り組みをきっかけに、今後はマスクの楽しみ方がどんどん広がっていくのではないでしょうか。
コロナ後の世界をポジティブにする、ファッションの力
──コロナ後のおふたりの生活スタイルの変化について教えていただけますか?
後藤:僕は、もともと外食が多かったですよ。奥さんも仕事をしていて忙しいということもあって、平日は別々に食事をすることが多かった。でもコロナ後は、真面目にステイホームをするようになって、家で食事をするようになりました。すると、一緒に家で食事をするのが“意外と良い”ということに気がついたんです。別に仲が悪いわけではないんですけどね(笑)。贅沢していたわけじゃないけど、単純に外食好きだったのが、今では家メシが好きになり、それが自然になりました。
後藤:友人の飲食店などを応援をしたいという気持ちもありますが、外で賑やかに集まるのはもう少し先かなと。自宅で過ごす気持ちよさを自然に感じるようになったのが、コロナ後の大きな変化だと思います。あとは、ご近所の方々とより仲良くなりました。都心でも、田舎暮らしのようなコミュニティを築くことはできるんだと、驚いています。東北の漁師が送ってくれた魚や、共同でお取り寄せした野菜をシェアしたりしてね。地域社会の大切さを東京で感じられるようになったのは、コロナのおかげといってもいいのかもしれません。
長場:たしかに、地元の方との交流が増えました。
後藤:仕事に関しても、もちろん影響を受けていますし、リモートの打合せも増えましたね。知り合いに感染者が出たこともあり、余計に慎重になっている部分もあります。僕はインタビューの仕事も多いのですが、リモートでのインタビューや文書のやりとりによるインタビューというのは、なかなか難しいですね。やっぱり会話って、空気を感じながら盛り上がっていくじゃないですか。対面とリモートでは、大きな差があるなと感じます。一度だけ噂の“ZOOM飲み会”をしてみたんですが……、一度で終わってしまいそうです(笑)。場の空気の大切さを再認識しますし、こうやって直接会ってお話しするのは、やっぱり楽しいですね。
長場:僕も、自粛中は完全にリモートでした。コロナ前からメールや電話ベースでの依頼や打合せというのは多かったですけどね。ラフを描いてメールで確認してもらい、本番描いてデータ化して納品するっていう。そういう意味では、昔からリモートワークには慣れているかもしれません。でも企画の内容が複雑だったり、意図が分かりづらかったりするときは、直接合ってお話しするようにしていました。雑誌などは問題ないのですが、大きなプロジェクトになってくると、いろいろな人の思いが重なり合ったりしているので、何をどうやってイラストに落とし込むかを相談する必要があるんです。
長場:一番大変だったのは、息子を預けている保育園が休園になってしまったこと。奥さんも働いていて、お互い子供の面倒を見ながらでは全然仕事にならないので、夫婦で交代しながらやりくりしていたのですが……。緊急事態宣言中は、正直すごく疲れました。こんなに大変なのかと(笑)。本当に保育園や保育士さんのありがたみを痛感しましたし、同時に長時間子供と接するということが、できていなかったことにも気がつきました。子供ともっとしっかり向き合おうと考えるきっかけになった。そういう意味では、コロナも悪いことばかりじゃないですね
──最後に、こうしてプロジェクトが実現し、マスクのラインナップを実際にご覧になったわけですが、“完売”という結果も踏まえつつ、おふたりの感想をいただけますか?
後藤:僕は初日(17日)にこちらに伺って、およそ2ヶ月ぶりに伊勢丹さんのお買場に足を踏み入れました。実際にお客さまの姿を目にしたときは、思わずジーンとこみ上げてくるものがありましたね(笑)。ここでスタイリストのみなさんが本当に楽しそうに接客されているのを見たとき、“みんなでつながる”社会貢献として三越伊勢丹さんが取り組んだことだけでなく、ファッションを楽しもうとしているお客さまがいらっしゃることの素晴らしさをあらためて感じました。
後藤:チャリティに代表される“いいこと”って、なかなかそれだけでは人の心を動かせない。“いいこと”アピールをした時点で、ちょっと引いてしまうんです。でも(社会貢献できる)おしゃれなマスクなら、みんな欲しいじゃないですか。この企画は、そこが面白い。“いいこと”をおしゃれに楽しむ。これがとても三越伊勢丹さんらしいと思います。そこに長場さんのイラストが世界観を与えてくれて、皆さんにとっていいことで、楽しい、おしゃれなこととして盛り上がった。だからこその大反響だと思うんです。結果として寄付が広がり、縫製工場さんの仕事、ファッションブランドさんの突破口になったとしたら、とてもうれしいことですね。
長場:僕は最近ずっと、どこかに寄付(で貢献)したいという気持ちをもっていました。普段であれば、仕事をして報酬をいただき、好きなように消費すればいいと思っていた。でも世界のこの状況を見て、困っている人がいるのを実感して、社会をもっとポジティブに変えていきたいと思ったんです。
長場:ファッションのあり方についても考えました。人に会わないんだから、どんな恰好でもいいじゃん。おしゃれしなくてもいいじゃんって思ってみたり(笑)。でもファッションには人に良く思われたいという部分もあるけど、自己満足というか、自分が心地良いと感じられることも大事。だからおしゃれをするんだと思うんです。コロナで(マーケットは)すっかり萎縮してしまったけど、やっぱり必要なものなんだと再確認できました。そのなかで、マスクも使い捨てじゃつまらない。こういうファッションブランドとのコラボレーションで、おしゃれなものができて選択肢が増えるのもポジティブな変化だと思うんです。
後藤:もっとたくさん作ればいいのにね(笑)
長場:再生産も第2弾も、ぜひやってほしいです
後藤:今はマスクを欠かすことができない世の中。いつか必要でなくなる日がやってくるかもしれませんが、何らかのかたちで続いていってほしい、素晴らしい取り組みだと思っています。