

2020年から日本国パスポートの図案に採用されるなど、文字通り日本を象徴する山「富士」は古今東西の画家たちにより多種多様に描かれてきました。
江戸の浮世絵師・葛飾北斎と歌川広重もそんな富士に魅せられ、時間や場所によりさまざまに変容する富士の姿を数多く描きましたが、そのアプローチや表現は全く異なるものでした。
北斎が表現した富士は、天に向かって稜線が勢いよく伸び上がり、鋭角状の山頂を形づくる富士で、厳粛な大自然の姿である霊峰富士の姿を斬新な構図で多様に表現しています。
対して、北斎より37歳年下の広重の富士は、太平の世の日常風景の中に映り込む富士を、なだらかな稜線で安定感のある姿で表現し、さまざまな人物を配置してそこに生きる人々の営みも細かやかに描かれています。
今回は、三越伊勢丹オンラインストアでご紹介している、<東京伝統木版画工芸協同組合版>および老舗版元の<芸艸堂版>による復刻版木版画作品の中から、富士が描かれた作品をご紹介します。
多様な表情を見せる富士の姿だけでなく、そこに描き込まれた名所旧跡や人々の暮らし、季節や自然など、江戸時代の息吹をお楽しみください。
雄大なスケールの富士山を限られた小さな画面でどう表現するか、その違いがくっきりと表れた作品を2点ご紹介します。
北斎の富士で最も有名な図のひとつ「神奈川沖浪裏」には、逆巻く波濤に翻弄される小舟の奥に悠然と構える、小さくて大きな富士です。
かたや広重の富士は、のどかな田んぼ風景から連なる山の向こうに、画面から飛び出す勢いでそそり立ち、その大きさを倍増させた富士です。
どちらも、それぞれの手法で富士の大きなスケールが存分に発揮された作品です。
葛飾北斎 冨嶽三十六景《神奈川沖浪裏》 作品を見る
巨大な波が飛沫をあげながら、今まさにくだけ落ちようとしている本図は、小舟が襲いかかる波濤にこらえて航行を潮流にまかせているかに見えます。北斎は、まるで船に乗ってこの光景を描写しているかのように視線を低くとり、波も富士も見上げているので迫力ある臨場感が伝わってきます。
歌川広重 東海道五十三次《原 朝之富士》 作品を見る
東海道は沼津を出ると愛鷹山は次第に右手に外れ、そのうしろに富士が大きく映り、旅人の心を惹きつけます。ほかの街道では見られない魅惑的な風景です。画面の枠から突き出た白い富士は悠大なスケールが倍増され、均整のとれた美しい姿を表しています。
富士がよく見えた「駿河町」は三井越後屋(今の三越)が軒を連ねるなど、多くの人々で賑わっていました。江戸の町で暮らす人々の営みを富士山と合わせてどんな表現をしているでしょうか。
北斎の描く駿河町の富士は、地上から見上げるような視線を取り、富士と建物で幾何学的な印象ですが、同時に、屋根にいる職人や凧揚げの様子に躍動感も感じられます。
かたや、広重の富士は、鳥の目のように上から俯瞰した視線で、富士の麓まで続いているかのように並ぶ暖簾の間に、人々の様子が細やかに描かれています。
葛飾北斎 富嶽三十六景《江都駿河町三井見世略図》 作品を見る
正面に富士が端然と描かれており、高く突き出た屋根には三人の屋根屋が、スリルのある動きを見せています。そして高々と揚がる凧など、すべてが動的で生き生きとしていて、この絵を新鮮なものにしています。見る人の意識を上部へ誘いこんでいく、北斎の独特の描き方が表れた作品です。
歌川広重 名所江戸百景《する賀てふ》 作品を見る
駿河町の名は富士山のある駿河国に由来します。ここは富士の眺めは江戸一番と評判で、手前には「現金掛け値なし」の商法で繁盛した呉服屋「三井越後屋(今の三越)」を描いています。広重には珍しくほぼ左右対称に描かれた構図で、画面の上半分を使って清新な富士の姿が大胆に描かれています。
存在感の強い富士とその周りの自然をどうバランスを取って表現しているか見てみましょう。
北斎は、夜明けの富士に着目し、空を舞う二羽の鶴と水辺でついばむ五羽の鶴が点景として描いて奥行を感じさせ、早朝の澄んだ空気感までも絶妙に表現しています。
かたや、広重は、画面中央にカラフルなモザイクのような岩肌の山を配し、左奥にそびえる真っ白な富士とは対称的に、個性的なさまざまな山の表情を巧みに表現しています。
葛飾北斎 富嶽三十六景《相州梅沢左》 作品を見る
この図では北斎がめずらしく夜明けの富士を描いています。白んだ空の中に富士を浮き上らせ、濃い藍色から頂上に向っていくにしたがって薄くぼかしてゆき、夜明けを巧みに、流動的に描いています。富嶽三十六景の揃物の内、数少ない人物のいない純風景画です。
歌川広重 東海道五十三次《箱根 湖水図》 作品を見る
箱根の山は天下の険と言われ、小田原から芦ノ湖畔までの間の登りは街道一の難所でした。カラフルなモザイク風の岩肌に描かれた山間には細長い大名行列が見えます。湖面の先に真っ白な富士がそびえ、中央にそそり立つ山容と対峙し、構図的にも素晴らしい作品です。
雄大にそびえ立つ富士山と、悠久に流れゆく川の表情を、二人はどのように表現しているでしょうか。
北斎が描く川の表情は、一見すると青と白の単純なグラデーションのように見えますが、近づいて見ると、さざ波が細かな線描でびっしりと描かれ、画面奥に悠然と構える富士の姿と対象的です。
かたや広重の川の表情は、河口付近のゆったりとした流れであるためか陰影は少なく、のどかな印象を受けます。眼差しは、あくまでも船に乗るさまざまな人々の営みに向けられているのでしょう。
葛飾北斎 冨嶽三十六景《武州玉川》 作品を見る
大胆な構図で臨場感ある作品です。前景には農夫が馬をひく様子のみが描かれて物寂しい雰囲気を出し、中景では一艘の舟が旅人を乗せて対岸へ向かい、川面は波うって速い流れをみせています。そして遠景は霞の彼方に富士山が堂々と描かれるなど、巧みな画面構成で仕上げています。
歌川広重 東海道五十三次《川崎 六郷渡舟》 作品を見る
この図では川崎宿に入る手前の六郷川の渡しが描かれ、川の藍と遠景の濃い色彩が画面を引き立てています。渡し舟と対岸に舟を待つ人物の間、一点の隙間のない、広重独特の簡略な筆致が見事な作品で、特に竿を突っ張った船頭の描写が巧みに表現されています。
※価格はすべて税込です。
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