思いをつなぐ文様と形 ~水の文様~

工芸品や染織に用いられるさまざまな文様には、作り手の思いが込められています。単にデザインとして楽しむだけでなく、その背景にある意味や思いを少し知るだけで、見なれた作品も新鮮に感じられ、いつもの暮らしが心豊かになることでしょう。
水の文様
数ある文様のなかでも最も古いもののひとつ「水」の文様。弥生時代の土器や銅鐸にも流麗な流水の様子が描かれていて、古代の生活環境や精神世界を私たちに教えてくれます。その後、水に関わる文様は長い年月を経て多種多様に発展し、波を幾何学模様で表した「青海波」や、水流と渦を巧みに図案化した「観世水」などは広く知られ、ほかの意匠と組み合わせた文様も実に数多くあります。水の文様が多いのは、命をつなぐ大切な存在であり、暮らしの中でいつも身近にあったことの表れでしょう。
主に水は「洗い流す」ことから、苦難や災厄を流す「厄除け」「お浄め」の意として用いられ、流れる水は腐らず常に清らかであることから「清廉」「正義」を表すとされます。また、途切れることのない水の流れに「永遠性」や「幸福」の意を込められることもあります。水の文様は、基本的に季節を選びませんが「涼」を呼ぶため夏に好まれて使われます。
今回も、千家十職・十七代 永樂 善五郎(而全)氏による作品の中から、水の文様が描かれた茶碗をいくつかご紹介いたします。
流水(りゅうすい)
水が流れる様子を平行な線とS字状の曲線を組み合わせて表しています。簡潔に表した幾何学的なものや絵画のように写実的に描いたものもあります。また、四季の風景や動植物、器物との組み合わせも多くあり、桜との組み合わせは「桜川」、紅葉と組み合わせた「竜田川」、筏を添えた「花筏」、扇と組み合わせた「扇流し」など、さまざまな文様に発展します。
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十七代 永樂 善五郎(而全)作 芦流水絵茶碗
「鑑賞のてびき」
芦の緑、流水の青の鮮烈な色彩がボディの白と相俟って私たちの目に飛び込んできます。縁取りの金彩が作品の品格をいっそう高め、夏茶碗らしいさっぱりとした平茶碗です。
波(なみ)
寄せては返す波の姿は、古くは万葉の時代から歌にも詠まれるなど、さまざまな情景を写した言葉や文様として今に伝わっています。同心円の弧線をうろこ状に並べて表した「青海波」は特に有名ですが、無限に続く波の文様には、未来永劫へと続く「幸福」への願いや「平安」な暮らしへの願いなどが込められます。
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十七代 永樂 善五郎(而全)作 掛切波ニ赤芽柳茶碗
「鑑賞のてびき」
仁清写(にんせいうつし)の掛切技法に縁起のよい赤芽柳が描かれています。背景には波文様が象徴的に描かれ、永遠に続く幸福を願って新年に使いたいものです。
波涛(はとう)
数ある波の文様のなかでも、荒れて大きく逆巻く波の文様に「波涛」「波頭(はとう)」があります。海の神を祀る神社のシンボルとして神事の衣装などにも用いられるなど、「厄除け」や「お浄め」の意が込められることがあり、葛飾 北斎の「神奈川沖浪裏」に見える荒々しい波の様子は、力強さを感じさせます。
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十七代 永樂 善五郎(而全)作 波涛絵茶碗
「鑑賞のてびき」
激しい波だけが象徴的に描かれる茶碗です。動きのある波涛の絵からは風と音が感じられます。口縁部の黒い縁取りが絵にいっそうの緊張感を与えている逸品です。
漣(さざなみ)
低い波の表現を「女波(おんななみ)」、高い波のことを「男波(おとこなみ)」と呼ぶように、さまざまな波の表情に感性豊かな言葉が使われるのも波文の楽しみです。ひらがなの「へ」の字のような線を連ねて描いた漣文は、静かで穏やかな小さな波の様子を表しています。行く末の「安全」や海や川がもたらす「幸せ」を願う意味が込められることがあります。
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十七代 永樂 善五郎(而全)作 青蔦ニ漣絵茶碗
「鑑賞のてびき」
風にそよぐ蔦の葉と緩やかに流れる水の様子が心地よく私たちの五感を刺激します。馬盥(ばたらい)形のお茶碗にはたっぷりと薄茶を点てたいものです。
千家十職・十七代 永樂 善五郎(而全)
1944年(昭和19年) 十六代 善五郎の長男として生まれる
1966年(昭和41年) 東京藝術大学日本画科卒業
1968年(昭和43年) 東京藝術大学大学院陶芸修了
1994年(平成6年) パリ三越エトワールにて個展
1997年(平成9年) 国際色絵コンペティション’97九谷・金賞受賞
1998年(平成10年) 十七代 永樂 善五郎襲名
1999年(平成11年) 日本橋三越本店にて十七代 永樂 善五郎襲名展
2006年(平成18年) 京都府文化賞功労賞受賞
2021年(令和3年) 家督を長男・陽一氏に譲り「而全」と名乗る
監修・鑑賞のてびき
日本橋三越本店美術部(茶道・工芸担当)三宅 慶昌
参考図書 ※50音順
「茶道具に見る日本の文様と意匠」森川 春乃著 淡交社
「日本の文様」光琳社出版
「日本の文様」小学館
「日本の文様」パイインターナショナル
「日本の文様」コロナ・ブックス編集部/編 平凡社
「日本の伝統文様事典」片野 孝志 講談社
「文様を読む 茶の湯を彩る四季のデザイン」木下 明日香著 淡交社
「やきもの文様事典」陶工房編集部編 誠文堂新光社
展覧会のご案内
襲名記念 千家十職 十八代 永樂善五郎展
□2023年5月10日(水)~5月15日(月)[最終日午後5時終了]
□日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊
令和3年に京焼の名門・永樂家の家督を継承した、十八代・永樂 善五郎氏の襲名記念展です。先代・十七代善五郎(而全)氏の薫陶をうけた若き当代が、独自の造形と色彩を駆使して制作した茶陶作品70余点を一堂に展覧します。