思いをつなぐ文様と形 ~松の文様~

思いをつなぐ文様と形 松の文様のメインビジュアル

工芸品や染織に用いられるさまざまな文様には、作り手の思いが込められています。単にデザインとして楽しむだけでなく、その背景にある意味や思いを少し知るだけで、見なれた作品も新鮮に感じられ、いつもの暮らしが心豊かになることでしょう。

松の文様

冬でも風雪に耐えて緑葉が変わらない松は、古代の聖木信仰の対象になり、神の宿る木として尊ばれてきました。「常磐木(ときわぎ)」や「貞木(ていぼく)」と呼ばれ、千年の樹齢を保つことから長寿の象徴として現代に伝えられています。
また、能楽の「高砂」で有名な「相生の松」は、黒松と赤松が一つの根元から生え出ているように見えることから、高砂と住吉の松とが夫婦になったとする伝説を生み、夫婦が深いちぎりで結ばれ、共白髪にいたるまで長生きする例えとして、縁結びや和合の象徴としても親しまれています。

松をモチーフにした文様は多く、芽生えて間もない若い松を表わした「若松(わかまつ)」、年月を経て風格の増した松を表現した「老松(おいまつ)」、針状の二本の葉が一点で結びあう形の「松葉(まつば)」、松葉を上から見て菊花のように丸くした「唐松(からまつ)」などが有名です。
もともと松自体は季節を選びませんが、ほかのものと組み合わせることで、季節感ある文様になることもあります。

今回は、千家十職・十七代 永樂 善五郎(而全)氏による作品の中から、松の文様が描かれた茶碗をいくつかご紹介いたします。

老松(おいまつ)

「老松」は、樹齢の高い松をモチーフとし、その年月と風格を表した文様です。長い年月に耐える太い幹や根、歴史を感じさせる曲折した大きな枝が特徴で、「百木の長(ひゃくぼくのちょう)」として、長寿や繁栄を願って描かれます。

  • 老松(おいまつ)の画像

    十七代 永樂 善五郎(而全)作 松嶋ノ絵茶碗

「鑑賞のてびき」
柳橋ノ絵とともに「永樂さん」の代表的意匠である松嶋ノ絵。大胆にデフォルメされた波と島、そこに生い繁る松が茶碗の内側の見込み部分にまで緻密に描かれています。古人はこれを蓬莱山に見立て、幾久しい繁栄を願ったのでしょう。

松喰鶴(まつくいづる)

嘴(くちばし)の先に若松をくわえた鶴の文様です。鶴は古くから千年生きる瑞鳥(ずいちょう)として尊ばれ、純白の羽根を持つ美しい姿で人々を魅了してきました。松文様と組み合わせることにより、延命長寿の吉祥文様として親しまれています。

  • 松喰鶴(まつくいづる)の画像

    十七代 永樂 善五郎(而全)作 猶有斎御家元御好 掛切松喰鶴茶碗

「鑑賞のてびき」
釉薬を流し掛けし、掛け残った部分に絵付けをする「掛切(かけきり)」の技法です。作品の中で釉薬の動きが同時に楽しめます。

雪松(ゆきまつ)

松の緑葉に真っ白な雪が積もり、凛とした美しい姿を描いた文様です。雪は、初夏に豊富な水を運んでくれることから「豊作の前兆」として古くから親しまれてきました。松は季節を選びませんが、雪持ち姿の松は冬の寒い時期にふさわしい文様です。

  • 雪松(ゆきまつ)の画像

    十七代 永樂 善五郎(而全)作 黒地雪松茶碗

「鑑賞のてびき」
雪の白と地の黒、そして松の翠がお互いを引き立てています。ここに抹茶の緑が生えて美しいこと、この上ないでしょう。

蓬莱(ほうらい)

蓬莱は、古代中国の神仙思想で説かれた仙境の一つで、不老不死や延命長寿を叶える理想郷と考えられました。当初は、水上の岩山に長寿を象徴する松と鶴亀を配した姿で表されましたが、のちに竹や梅が加えられ、吉祥尽くしの文様に変化しました。

  • 蓬莱(ほうらい)の画像

    十七代 永樂 善五郎(而全)作 而妙斎宗匠御好 蓬莱ノ絵茶碗

「鑑賞のてびき」
絢爛豪華な絵付けの中にも品格が漂う、これぞ永樂茶陶の真髄とも言える茶碗でしょう。

<千家十職・十七代 永樂 善五郎(而全)>
1944年(昭和19年) 十六代 善五郎の長男として生まれる
1966年(昭和41年) 東京藝術大学日本画科卒業
1968年(昭和43年) 東京藝術大学大学院陶芸修了
1994年(平成6年) パリ三越エトワールにて個展
1997年(平成9年) 国際色絵コンペティション’97九谷・金賞受賞
1998年(平成10年) 十七代 永樂 善五郎襲名
1999年(平成11年) 日本橋三越本店にて十七代 永樂 善五郎襲名展
2006年(平成18年) 京都府文化賞功労賞受賞
2021年(令和3年) 家督を長男・陽一氏に譲り「而全」と名乗る

監修・鑑賞のてびき

日本橋三越本店 美術部(茶道・工芸担当) 三宅 慶昌

参考図書 ※50音順

「茶道具に見る日本の文様と意匠」 森川 春乃著 淡交社
「日本の文様」 光琳社出版
「日本の文様」 小学館
「日本の文様」 パイインターナショナル
「日本の文様 コロナ・ブックス編集部/編」 平凡社
「日本の伝統文様事典」 片野 孝志著 講談社
「文様を読む 茶の湯を彩る四季のデザイン」 木下 明日香著 淡交社

展覧会のご案内

襲名記念 千家十職 十八代 永樂善五郎展

□2023年5月10日(水)~5月15日(月)[最終日午後5時終了]
□日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊

令和3年に京焼の名門・永樂家の家督を継承した、十八代・永樂 善五郎氏の襲名記念展です。先代・十七代善五郎(而全)氏の薫陶をうけた若き当代が、独自の造形と色彩を駆使して制作した茶陶作品70余点を一堂に展覧します。