~お茶のこころを伝える~ 父から子への手紙 令和五年・冬

季節を五感で感じ、自然と一体となることで人生を豊かにしてくれる「茶の湯」の世界。
お茶をたしなむ父から愛する子にあてた手紙には、相手を思いやるさりげない心づかいや、現代人が心豊かに人生を送るためのヒントが散りばめられています。
お作法やしきたりはちょっと横において、暮らしの中で楽しむ「茶の湯」の世界を覗いてみませんか。
父から子への手紙 令和五年・冬
元気にお過ごしのことと思います。近況をお知らせいたします。
この夏、お母さんのご両親が我が家にしばらく滞在されました。初めての東京での生活に最初は戸惑っておられたようですが、ゆっくりとゆっくりと慣れてゆかれたように思いました。
夕飯のあとに私がお抹茶を点ててお出ししていたところ、ある日おじいちゃんが「自分でも点ててみたい」。
茶筅を手渡すと、これがうまく点たない。もっと簡単に点つと思われていたようです。
それでも負けん気の強さを発揮され、私との連日の特訓が続きました。
3カ月経って、お茶の点て方はもちろん、お茶の心を会得されたように感じています。
肩や手首を柔らかく背筋を伸ばしてお茶を点てるおじいちゃんの姿、普段は亭主関白の夫妻がお互いに「どうぞ」「お先に」と頭を下げ合う姿を思い描いてみてください。
東京を発つ朝、みんなに点ててくれたお茶の美味しかったこと。本当によい経験をした、と喜んで下さり安心しました。
それから、海外で生活する孫をずいぶんと心配しておられましたよ。ではお元気で。
子から父への返信
背中の丸かったあのおじいちゃんが背筋をピンとしてお茶を点てる・・・おばあちゃんに「どうぞ」と頭を下げる・・・その茶碗を嬉しそうに押しいただくおばあちゃんの姿がありありと浮かんできます。
お二人もお茶という古いけれど自分たちにとって新しい世界に触れ、刺激を受けられたのでしょうね。それにしてもおじいちゃんの前向きな姿勢には感服します。
お父さんのことですから毎日、掛け軸を取り替えたりして楽しまれたのでしょう。
「直心是道場」や「一期一会」が登場したのでしょうか。またそれを年長者に対して照れくさそうに解説するお父さんの姿も想像できます。
そして何よりもそれを見つめるお母さんの嬉しそうな顔も見えてきました。
お茶がみんなを一つにした様子が伝わってきました。ありがとうございました。
こちらの厳しい冬がそろそろやってきたようです。みなさまどうぞお身体たいせつに!
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男性向け茶道具セット(イメージ)
~お茶のこころを伝える~
日本橋三越本店 美術部 茶道・工芸担当 三宅 慶昌
お互いの生活習慣の違いに戸惑いながらもお茶を媒介として一つにまとまる二つの家族の姿と、その情景を優しく思い浮かべる子の姿が描かれました。
今回は一服のお茶が、家族という小さな単位の中で平和を築く場面でしたが、これをそれぞれのコミュニティで発揮することができれば争いなど起こらない平和な世が訪れるのではないでしょうか。
お互いの立場を尊重し合うのは茶の湯の真骨頂です。
そろそろお茶を始めてみませんか。

また、入社とともに茶道入門、知識と人脈を広げ、人間鍛錬の糧として茶の湯の精神を学んでいる。
プライベートでは、妻と娘二人の父であるが、ともに独立し、たまにSNSで娘たちと交流するのが楽しみ。