~お茶のこころを伝える~ 父から子への手紙 令和六年・春

季節を五感で感じ、自然と一体となることで人生を豊かにしてくれる「茶の湯」の世界。
お茶をたしなむ父から愛する子にあてた手紙には、相手を思いやるさりげない心づかいや、現代人が心豊かに人生を送るためのヒントが散りばめられています。
お作法やしきたりはちょっと横において、暮らしの中で楽しむ「茶の湯」の世界を覗いてみませんか。
父から子への手紙 令和六年・春
お元気でお過ごしのことと思います。
こちらではお茶会もずいぶんと開かれるようになり、私も先日久方ぶりに参加してきました。
亭主は九十を越えてもなおカクシャクとされ、正座をして濃茶のお点前を披露されました。
年相応の非常にゆっくりとしたペースのお点前でしたが、所作の美しさと道具の置き合わせのバランスの美しさに魅了され、時間の経過などまったく気になりませんでした。途中、茶入から茶杓がポトンと落ちる場面がありましたが亭主は何事もなかったかのようにそれを拾い上げスッと帛紗でひと拭き清めて茶入の上に戻されました。むしろこれが客の心に響き、全員でこの亭主を後押しするかのような空気感がお茶室に満ち、まさに一座建立の瞬間を実感いたしました。
実は亭主は右目はまったく見えず左目もぼんやりとしか見えない方です。長年の経験による体に染みついた感覚を頼りに心の眼によって点前をやり遂げた亭主の姿に何か感慨深い経験をしてまいりました。
近況報告まで。お元気で!
子から父への返信
こんにちは、こちらではまだ春は先です。
いよいよお茶会も復活したのですね。嬉しい限りです。
茶杓のくだり、お茶席の緊張感と一体感が目に浮かぶようで一座建立の真実を感じました。常に平常心を保つ難しさ、達観の境地に至る人の持つ凄みがお父さんの手紙から伝わってきました。私にはそんな境地はまだまだ先です。仕事でも私生活においても何事にも動じない心があればいいなと思います。
ひとつ報告があります。
このたび私たち夫婦に赤ちゃんを授かりました。遠い地で子供を育てていく不安はありますが、とても楽しみでもあります。どうぞこれからも私たちを見守ってくださいね。
お母さんにもよろしくお伝えください。お身体に気をつけて。
海田 曲巷の茶杓 寿久恵すくへ展 Ⅱ
□2024年4月10日(水)~4月15日(月)[最終日午後5時終了]
□日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊
~お茶のこころを伝える~
日本橋三越本店 美術部 茶道・工芸担当 三宅 慶昌
今回は人生を達観した人物から滲み出る、人としての風格に心を動かされる父子の様子が描かれました。
達人は平常心を持とうとか平常心になろうと心掛けるようなことをしなくてもありのままの心で物事に当たることができるといいます。ありのままの自己こそが「平常心」であることに気付くことが最も大切なことなのかもしれません。
さて今回、子供からの重大発表に父親は平常心でいられたのでしょうか。

また、入社とともに茶道入門、知識と人脈を広げ、人間鍛錬の糧として茶の湯の精神を学んでいる。
プライベートでは、妻と娘二人の父であるが、ともに独立し、たまにSNSで娘たちと交流するのが楽しみ。