~お茶のこころを伝える~ 父から子への手紙 令和六年・秋

季節を五感で感じ、自然と一体となることで人生を豊かにしてくれる「茶の湯」の世界。
お茶をたしなむ父から愛する子にあてた手紙には、相手を思い遣るさり気ない心づかいや、現代人が心豊かに人生を送るためのヒントが散りばめられています。
お作法やしきたりはちょっと横において、暮らしの中で楽しむ「茶の湯」の世界を覗いてみませんか。
父から子への手紙 令和六年・秋
「耐雪梅花麗」(雪に耐えて梅花麗し)
この言葉を君に贈りたいと思います。
梅の花は冬が寒くて厳しい環境であるほど、春に咲く花が美しいといいます。
今の君にこんな呑気な言葉をかけるのは無責任なことかも知れません。ただ私もそれなりの長さの人生を歩んできて思うことは、苦難の大小や辛いと思うその程度の差こそあれ、天から与えられた試練を乗り越えるにあたっては、物事を捉える心の持ち方が大切だということ。
私も世の中は良いことよりも辛いことの方が多いのではないかと思う時があります。身内の不幸、人間関係のトラブル、仕事が思うように回転しないことなどが重なり、負のエネルギーに押しつぶされそうになる時がありました。
そんな時に助けになったのがお茶で培った数々の禅の言葉でした。
不安や心配を生み出すのは自分の心です。
「即今」、今ここにどっしりと構えて腰を据えていれば不安や心配で悩まされ続けることはありません。呼吸を正しくして事にあたるのです。問題となる障害を一つひとつ潰していきましょう。
嵐は木を太くするといいます。
今の困難を乗り越えた先にある君の姿が目に浮かんでいるよ。
君のことは誰も見捨てたりはしません。人に恵まれている君ですから本当に困ったらきっと優しく手を差し伸べてくれる人がいます。大丈夫です。
先に記した言葉には続きがあります。
「経霜楓葉丹」(霜を経て楓葉あかし)
秋にお会いするのを楽しみにしています。 父より
子から父への返信
お父さん、お手紙をありがとうございました。
励ましの言葉とともに、これがお父さんが大切にし、たくさんの苦難を乗り越えてきた言葉なのだなと思うと胸が熱くなりました。
私は人に真面目な性格だとよく言われます。真面目すぎるとも。それは私の正しいと思うこと、よいと思うことに突き進む様子を見てのことだと思います。でもそこに執着することで心身の負担になっていることも自分で分かっています。以前お父さんから、「あるべき」「すべき」という思い込みをすべて手放せ、と言われたことを覚えています。手放すことによって選択肢が増えたことを後でお父さんに報告しましたよね。断捨離の大切さを身にしみて理解したはずでした。
呼吸せよ、とあの時も言われました。字の通り「呼」「吸」の順ですね。たしかに悩んでいると背中が丸くなり、呼吸が浅い自分に気付きます。
胸を開き、もう一度呼吸を整えていきたいと思います。いつも心配をかけてごめんなさい。
私には常に心を寄せてくれている大切な存在があるのを忘れていました。
窓から少し涼しい風が入ってきました。
暑かったこの夏も少しずつ秋に向かっているのですね。
今回、私の座右の銘がひとつ増えました。
~お茶のこころを伝える~
日本橋三越本店 美術部 茶道・工芸担当 三宅 慶昌
今回は少し重い雰囲気が漂う父と子の手紙でした。具体的には書かれていませんが、困難にもがき苦しむ我が子にエールを送る父の姿が描かれました。
心が折れそうになった時に、頑張れと激励するでもなく、ダメだと叱責するでもなく、そっと寄り添ってくれるのが禅語です。これでいいんだ、ありのままでいいんだ、と思えれば肩の力が抜けて、すーっと心が軽くなり明日への活力が湧いてくる・・・そんな気付きの経験を何度か繰り返す子を優しい眼差しで見つめる父。
最後に記されためぐる季節の微妙な変化に気付いた子の言葉で父は少し安堵したのではないでしょうか。
茶の湯は人を成長させてくれます。
この秋、じっくりと禅語に向き合ってみませんか。

また、入社とともに茶道入門、知識と人脈を広げ、人間鍛錬の糧として茶の湯の精神を学んでいる。
プライベートでは、妻と娘二人の父であるが、ともに独立し、たまにSNSで娘たちと交流するのが楽しみ。
展覧会のご案内
村瀬治兵衛 漆芸展 ー百の探求ー
□2024年9月18日(水)~9月23日(月・振替休日) [最終日午後5時終了]
□日本橋三越本店本館6階 美術特選画廊
三輪龍氣生 生盌展
□2024年10月16日(水)~10月21日(月) [最終日午後5時終了]
□日本橋三越本店本館6階 美術特選画廊
第一回 日本橋三越本店 樂 吉左衞門 展
□2024年10月30日(水)~11月4日(月・振替休日) [最終日午後5時終了]
□日本橋三越本店本館6階 美術特選画廊
林正太郎 作陶展
□2024年11月20日(水)~11月25日(月) [最終日午後5時終了]
□日本橋三越本店本館6階 美術特選画廊