9月 ICHIDA’S COLUMN
~百貨店で、こだわりのモノとヒトに出会った、その先~
「ねえねえ、イチダさん。蔵前に、おもしろい服を作っているブランドさんのショップがあるんです。手仕事で作っているんだけど、ドットやストライプなど、モダンなんですよ〜。一緒に行ってみませんか〜」
ある日、アシスタントバイヤーの原田陽子さんから連絡がありました。「うん、行く行く!」と飛びついたワタクシ。というのも、いつも自分で選ぶ服は、ベーシックなものが中心で、まったく違う視点から選ぶ洋服に出会うなんてめったにないから。原田さんは、私の体型や私に似合うもの、そして「イチダ好み」もよ〜く把握してくださっているので、間違いない、と思ったから!かつて伊勢丹新宿店で開催された「大人になったら着たい服」のイベントで、毎日原田さんと一緒にインスタライブを開催したことがありました。その日、店頭にある服の中から、私に似合いそうなものを探してきてくれて、「このパンツに、このシャツで、このバッグを持ってみて!」とコーディネートしてくれたのです。普段は着ない服を着せてもらい、鏡を覗くと「あら!似合うじゃない!」とニマニマ嬉しくなりました。そして、思ったのでした。たくさんのものを見て、いつも「あれ」と「これ」といった具合に組み合わせを考えて、ショップの構成を考えている百貨店バイヤーの力ってすごい!って。
今回も、そんな「着せ替え遊びを一緒にしよう!」とワクワクしながら原田さんと出かけました。到着した場所は<傳 tutaee>さんのお店の「一月」という名前のショップ。<傳 tutaee>さんは「つたえ」と読みます。ホームページのコンセプトには、こんな風に書いてありました。
「昔の服に似ている。
しかし、昔そのままの過去の服ではない。
年月に従って人間も変わっていくものならば、
服もそれに習い変わっていくものである。
古き良きは捨てさらない。
しかし、それは捨て去らないというだけのことである」
隅田川沿いにある古いビルの階段を上がり、扉を開くと不思議な世界が広がっていました。デニムやジャケット・ワンピース。そこに並んでいたのは、モダンなようで、どこか和の香り。ワークウェアのような無骨さがありながら、繊細な優しさに満ちている・・・。ここまで「〇〇みたい」と一言で説明できないショップは初めてでした。
ここで、デザイナーの合田 知勢子さんと、広報・営業担当の吉原 丈弘さんにお話を伺いました。まずは、原田さんに、どうしてお二人と知り合ったのかを聞いてみました。
「伊勢丹新宿店 本館7階 呉服売り場で、<ツタエ>さんのポップアップショップがあったんです。そこにいらしたのが吉原さんでした。着物を着て、帽子を頭にちょんとのせて・・・。『え〜、呉服売り場にこんな人がいる〜!』ってびっくりして。そこで、販売されていた、着物の下に着るオーガニックコットンの、着るとめちゃくちゃ気持ちいい肌着を買ったんです。私はこれをいつもオーバーオールの下に着ているんですよ」
「着物の下に合わせると、ちょっと昭和なおじいちゃんみたいになるんです」と吉原さんが教えてくれました。
「それで、展示会のご案内をいただくようにって。それが4~5年前からな。そこからのお付き合いなんです」と原田さん。
隅田川の向こうにスカイツリーが眺められる窓辺の椅子に座って、合田さんにブランドの始まりについて聞きました。
「立ち上げは2002年です。だからもう19年になりますね。以前はDCブランドでデザイナーをやっていました。そこからメンズのワークウェアやデニム・ミリタリーを手がける会社に呼ばれて、がっつりメンズの洋服を手掛けていました。吉原は、そこで広報をやっていて、その時出逢ったんです。その後、日本の染めとか織りに特化して自分のブランドを立ち上げました」
どうして、日本の染めや織りに興味を持ったのでしょう?
「もともとワークウェアやデニムを作るにあたって、機屋さんに足を運んでいたんですよね。そこで、デザインするだけでなく、その素材を繊維から追求して、織ったり、染めたりすることから始める・・・。それまでの自分がわかっていたアパレルのちょっと先の向こう側を知り始めることで、より深い世界へと足を踏み入れる大変良い経験をさせてもらいました。洋服のデザイン的にはヨーロッパのものに憧れがありましたが、やっぱり日本のものづくりは、世界に誇れるものがたくさんあって、知らないこともいっぱい!そんな自分の心が動かされたものを、みなさんにもお伝えできたらいいなと思って・・・」
ブランド設立当初から作り続けているというジャケットのデザインを見せていただきました。何度かの細かなデザインの修正を経ながら、今も素材を変えたりして続けているそう。今の新しいものはなんと麻の柿渋染めと泥染めを合わせたもの。背裏の生地は「注染(ちゅうせん)」という染め方で染めたもの。面白いのは、前見頃の重ね方。ボタンや襟がついて、洋服のような形なのに、着物のように斜めに重ねてまとうデザインです。
「日本の着物の、たたんだり、巻いたり、結んだりという『行為』が好きだったんです。かと言って、着物っぽい洋服を作りたかったわけじゃない。その『行為』をデザインに取り入れようと思ったんです」と合田さん。
「行為」をデザイン化する、という新しい発想に驚きました。
「このジャケットの下にデニムを履いてもいいし、すごくデザイン性のあるスカートも似合うと思います。そうやって、お手持ちの現代の服と組み合わせていただきながら、でもこの『前を重ね合わせる』という着物の『行為』をニュアンスとして取り入れる・・・といった感じでしょうか?」
さらに、すべてのアイテムに共通するサイズの名前が面白い!小さな方から順番に「おんな」「ちいさい」「ふつう」「おおきい」と4つネーミングになっています。
そんな中で原田さんが、ぜひイチダさんに着て欲しい!と持ってきてくれたのが、ばさっと羽織る白いコート。机の上で広げると、一枚の布のように平らになります。合田さんが「えっと、ここから手を入れて」と着せながら、あっちのファスナーをジ〜ッ。こっちはジャ〜ッと止めると、不思議!フードが現れたり、形がどんどん立体的になります。さらに、インナーをあれこれ付け替えてカスタマイズも可能。コートには「soto」、インナーには「naka」とこれまたユニークな名前がついていました。インディゴ染めのパンツとベストの上から羽織るとかっこいい!
このほかにもワンピースにもなるデニムのコートやジャケット・ベストなども。
そして、「今回、私の一押しがこれ!」という原田さんが着せてくれたのが、素敵な柄のワンピースでした。「これね『APAPA=アパパ』っていう名前なんです」と聞いて、思わず吹き出してしまいました。ああ、懐かしい!幼い頃、母や祖母が夏の暑い時期に、どこも体を締め付けることのないワンピースを縫って、「アッパッパー」と読んでいたなあと思い出しました。
「『APAPA=アパパ』って関西の言葉だそうですね。ダボダボで、ズドーンと着る感じをそう呼んだみたいです。ホームドレスや部屋着としてのデザインを考えたときに、ただラクなだけでなく、ちょっと外にも出かけられるような形で、長さのあるドレスとして作ってみたかったんです。柄は『注染』という染めで作ったもので、浴衣みたいな肌触りなんですよ。今、なかなか外には出られないから、家の中で着るもので気分を上げていただけたらなと思って」
「注染」ってなんですか?と聞いてみました。
「『注いで』『染める』手法なんですが、まずは反物を蛇腹にたたんでいきます。そこに絵を描いた型を置いて、液がもれないように防染糊で土手をつくり、ジョウロで染料を流し込み、染めていきます。それが下の生地に吸い取られていくので、表裏がなく、上から下まで同じように染まっていくんですよね」
私が着せてもらった「アッパッパー」は芍薬の柄。微妙な線のゆらぎが美しいこと!
「こちらの浴衣は、反対に型を使わず注染で染めたものです。輪っかの中に、水色と黒の染料をシュッと注ぎながら染めます。だから不思議な滲みが出るんですよね」と合田さん。
そこで浴衣も着せていただきました。合わせた帯はなんと革!懐かしいような、どこかモダンなような・・・。久しぶりに浴衣を着て、すっかり嬉しくなってしまいました。 最後に「新宿0丁目商店街」のスタッフみんなで着たのはオールインワン。馬布という高密度でぎっしりと織った布で作られています。わざと胴が長いシルエットで、後ろから見るとサルエルパンツっぽいのですが、着丈はやや短めで、すっきりと見えるのが特徴。 原田さんといえば、いつも大人っぽくオーバーオールを着こなすスタイル定番で、よく似合う!でも、私は大人が子供の服を着ているようになり、イマイチ苦手でした。だから「イヤイヤ私は・・・」と尻込みしたのですが・・・。
「まあ、試しに着てみて!」と言われて履いてみると、あら!意外や大人っぽいシルエットで着こなすことができます。すっかり嬉しくなって、みんなで記念撮影をしました。
1日<ツタエ>さんのショップで楽しい時間を過ごし、最後に原田さんに聞いてみました。
百貨店というと、大量生産・大量消費が当たり前・・・のようなイメージがあります。<ツタエ>さんのように、手仕事を大切にしていらっしゃるブランドはその対極にあるといってもいいはず。そんな「少量生産」のブランドは、百貨店にとってどんな存在なのでしょう?
「以前のように、たくさん同じものを仕入れて、みんなが同じものを欲しがる、という時代は終わったんじゃないかと思います。それよりも、伊勢丹新宿店にいらっしゃるお客さまは、『自分だけが見つけたもの』を探していらっしゃるんですよね。確かに百貨店では、ある程度量産できるものを仕入れます。でも、それだけじゃつまらない・・・。たとえ少しの量でも、面白いもの、ワクワクするものを、みなさんにご紹介したいと思うんです。かつては、みんなが「同じようなファッション」を求めていたけれど、今は、お客さまそれぞれが、自分に似合うものを「選ぶ」時代です。すごくレアなパンツと、ベーシックな誰もが知っているTシャツを組み合わせる・・・。そんなさじ加減をみなさんが楽しんでいただける時代になった。レアなものは数は少しかもしれないけれど、お客さまを呼ぶ『フック』の役目を果たしてくれます。私たちの役目は、そんな『面白いフック』をいかに見つけてくるか、なんだと思います」
なるほど〜!と納得しました。百貨店が目指すのは、「たくさん売れる」ものだけじゃない。人の心を刺激して、新しい発見を呼び起こし、みんなが「あれ」と「これ」と「それ」を選ぶお楽しみの幅を広げていく・・・。その舞台を演出することこそ、原田さんたちバイヤーさんの使命のよう。そして、小さなフック一つで稼げるお金は少なくても、それが横に繋がることで、大きな利益を生み出していく・・・。新しい形のビジネスとは、「小さな声」に耳を傾けて、大きな波を起こすものなのかもしれません。
今回は、たくさんの服を着せてもらって楽しかったなあ。「着たことがない服」を着てみることは、頭と心の風通しをよくし、新しい扉を開けることなのだと、教えていただきました。
文・一田 憲子さん
ライター、編集者として女性誌、単行本の執筆などを手がける。2006年、企画から編集、執筆までを手がける「暮らしのおへそ」を2011年「大人になったら、着たい服」を(共に主婦と生活社)立ち上げる。著書に「日常は5ミリずつの成長でできている」(大和書房) 新著「暮らしを変える 書く力」(KADOKAWA) 自身のサイト「外の音、内の音」を主宰。http://ichidanoriko.com
写真・近藤 沙菜さん
大学卒業後、スタジオ勤務を経て枦木 功氏に師事。2018年独立後・雑誌・カタログ・書籍を中心に活動中。
Special thanks・U.No.5 イノマタタクミさん
大人になったら、着たい服のイベントでも人気の靴ブランド/ユーエヌファイブ!!今回の<ツタエ>撮影のお話をしたら、イノマタさんも<ツタエ>の浴衣が大好きで実際にお持ちとのこと!!!っと言うことで勝手につながりを感じて撮影用に何足かお貸出しお願いしちゃいました。
Special thanks・伊勢丹新宿店 本館7階 呉服 山口 亮バイヤー
8月のコラムで取材した、下バイヤーから紹介された同じ呉服の山口バイヤー。呉服の観点から、<ツタエ>合田さんのサステナブルなモノ作りとその先にある製作の場「注染」の未来を丁寧に伝えてきた、山口バイヤーと合田さんのコラムも必見です。
呉服コラム 「注染」の一つの未来へ。<傳 tutaee>サステナブルな取り組み