~お茶のこころを伝える~ 父から子への手紙 令和七年・夏

季節を五感で感じ、自然と一体となることで人生を豊かにしてくれる「茶の湯」の世界。
お茶をたしなむ父から愛する子にあてた手紙には、相手を思い遣るさり気ない心づかいや、現代人が心豊かに人生を送るためのヒントが散りばめられています。
お作法やしきたりはちょっと横において、暮らしの中で楽しむ「茶の湯」の世界を覗いてみませんか。
父から子への手紙 令和七年・夏
前略、変わりなくお過ごしのことと思います。
先日、お世話になっている陶芸家の先生から手紙が届きました。そこには近況とともに近々、最後の展覧会を開かれる旨が書かれていました。
これまで一緒に歩んできた方が第一線を退くという決断をされたことがショックなのと同時に、長い時間の流れを実感し、これまでのことをあれこれと思い返す毎日です。
展覧会会場では何と声をかけるべきか、自分はこのままでよいのかなど、いろいろな思いが交錯しています。
歳月は人を待たず
光陰矢のごとし
君たちも「今」を大切に。 早々
子から父への返信
拝啓 父上様
私たちはみな元気に毎日を過ごしています。
先日はお手紙をありがとうございました。
お知り合いが最後の展覧会を開催されるとのこと、お父さんもさぞ感慨深いことでしょうね。お互いの関係の深さが伝わってきました。
先日、美術館で仙崖 和尚の「老人六歌仙」を観ました。人間の老いゆく姿が描かれた画賛で、五七五七七の調べを使って人間の老いの様子を羅列しています。文字だけを読むと将来に不安を覚えてしまいますが、描かれている老人の顔はみな生き生きとして、そんな状況を笑い飛ばしているかのようでした。
このたびの陶芸家の方もお手紙に「でも作陶意欲だけは失せていません」とありましたのできっとこの後も造り続けられるのだと思います。理想を実現されるのだと思います。ご本人の納得のいく会心の作品が完成したら必ずお父さんにお知らせが来ると思います。
物事のゴールは人それぞれだとお父さんはいつもお茶室で口にされていましたね。禅語は、考え方次第でいかようにも捉えることができるとも。
どうぞまだまだお元気なお父さんでいてください。 敬具
德澤 守俊氏の朝鮮唐津は泉から流れ落ちる湧水のよう。「清流間断無し」の一行とともに生命について考える機会になりそうです。
~お茶のこころを伝える~
日本橋三越本店 美術部 茶道・工芸担当 三宅 慶昌
ある父子の交流を、令和三年秋の第一回より実に四年にわたり、皆さまとともに垣間見てまいりました。
お茶の心得のある父はいつも愛情あふれる言葉で、子を励ましていたものです。
その父が今回は知人の引退により、寄る年波を感じて少々自信をなくしているようです。
そこで子はこれまでに学んだ茶の湯の知識を使って見事に父に活を入れました。まさにお茶の力ですね。
これからもお互いに刺激を与え合う父と子でありつづけてほしいものです。
さてこの手紙を読んだ父は展覧会会場で作家にどのような言葉をかけるのでしょうか。

また、入社とともに茶道入門、知識と人脈を広げ、人間鍛錬の糧として茶の湯の精神を学んでいる。
プライベートでは、妻と娘二人の父であるが、ともに独立し、たまにSNSで娘たちと交流するのが楽しみ。
集大成 德澤 守俊展 唐津焼の技法を以って
□2025年6月11日(水)~6月16日(月) [最終日午後5時終了]
□日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊