初音ミク×ITOGUCHI 伝統と先端技術が織りなす日本の工芸の今とミライ
伝統の技術に最先端のテクノロジーを組み合わせるプロジェクト「初音工房」。初音ミクとITOGUCHIとの出会いから生まれたプロジェクトが初めて伊勢丹でお披露目される。
初音ミクが伝統工芸の世界にトライする理由、そしてWeb3.0時代の伝統工芸の在り方とは。
博多織を中心に日本の工芸の可能性を世界に発信している岡野社主(写真左)と、初音ミクを世に送り出したクリプトン・フューチャー・メディアの熊谷氏(写真中央:リモート参加)に、福島(写真右:伊勢丹新宿店クロスMD営業部)がお話を伺った。
ーITOGUCHIと初音ミクの出会いー
岡野社主(以下 岡野):私は博多織を営む会社の5代目として日々モノづくりに携わっています。
しかし、伝統工芸のマーケットは右肩下がりで、多くの人に良さを知っていただかないと職人さんに給料が払えない。ですから、アーティストとのコラボなどいろいろと考える中で、初音ミクはうっすらと意識していました。
それはなぜかというと、やはりメタバース*とか世の中がデジタル社会になってきたので、デジタル系のクリエーティブな方と協業することで、多くの人にリーチできるような取り組みをしたい、という考えがあったのです。
そんな折に、ITOGUCHI*の株主のお一人がクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤社長とご友人だったのをきっかけに、幕張メッセで開催されたマジカルミライにご招待いただいて。会場の熱狂ぶりを見て、もう「絶対やります」と。
*メタバース=コンピュータの中に構築された3次元の仮想空間やそのサービス。
*ITOGUCHI=岡野氏がCEOを務める日本の工芸品を未来と世界へつなぐためのプロジェクトの企画・運営会社。
ー初音ミクが伝統工芸の世界に挑戦する理由ー
熊谷氏(以下 熊谷):私も伝統工芸は世界に誇る日本の重要な文化の一つであるはずなのに、苦境にあるという話はよく耳にしていました。
私見ですが、日本の伝統工芸は中小の工房が多く、単独で世界に出ていくことがなかなか難しいのではないかと感じています。しかし、岡野さんのような方がチームジャパンとして、多くの工房を一つにまとめてくれれば、世界へ発信出来る可能性が広がると思いますし、そのきっかけとして初音ミクがお力添え出来るのであればこれほど嬉しいことはないなと思った次第です。
ー伊勢丹でローンチ、そして世界へー
岡野:5年前に現代アーティストの小松 美羽(こまつ みわ)さんとの企画で日本橋三越さんにお世話になりました。その時に「三越伊勢丹グループさんは新しいものをちゃんと世の中に発信してくれるんだ」と感じたのです。
また、8年前に小松 美羽さんと有田焼とのコラボをコーディネートさせてもらった作品を銀座三越さんで展示する機会がありました。その後、エディション10点の作品の一対が大英博物館の所蔵になったのです。だから三越伊勢丹さんは縁起がいい場所でもあります(笑)
また、伊勢丹新宿店さんは、僕ら着物を扱っている人たちからしても、最初に面白いことをやってくれるところ、という印象があります。
この企画は単発で終わるのではなくて、今回のローンチをきっかけに世界に発信していきたいと、クリプトンさんともお話しています。このプロジェクトの中で出来上がった作品の一つが、いずれはMoMAに入るぐらいの本気のモノづくりしていきたいなと。その最初のメッセージを発信する場として伊勢丹新宿店さんというのはすごく向いていると思っています。
福島:伊勢丹も「帯の伊勢丹」として一つの時代築いたといわれているのですが、新しい提案ができる場所としてご認識いただけているのは大変光栄です。
ー古今が融合したモノグラム「初音づくし」ー
福島:今回制作されたアイテムについてお聞かせいただけますか。
岡野:やはり単なるキャラクターアイテムではなくて、日本のモノづくりの本質本物を初音ミクが公式アンバサダーとしてしっかり伝えられる中身になっていないといけないと思っています。
しかし、例えば素材について話されても一般の方々にはわかりづらいと思うのです。縦糸が何本でとか・・・。一方、日本には誇るべき「紋様(もんよう)」という文化があります。紋様というのは、漢字と同じように一つひとつ意味や祈りがギュッと凝縮されています。そこで今回は初音ミクの「紋様」を作ってみたいという想いから、こちらの「初音づくし」のモノグラムを制作しました。
モノグラムのことを日本では「~づくし」といいます。「宝づくし」とか「花づくし」とか。これも日本の表現手法の一つですね。
「はつね」というのは日本語としても綺麗で、例えば鶯(うぐいす)は、春を告げることから別名「初音」といいます。そこで、鶯の紋様をオリジナルで作りました。
また、源氏香(げんじこう)*をご存知ですか?
源氏物語の第23帖に初音という場面があるのですが、こちらはその23帖のマークなのです。面白いですよね。格好良いグラフィックだと思いませんか。こういう文化も伝えていきたい。
それから椿(つばき)も初音という種類があります。茶道でよく茶花(ちゃばな)として使われるのが初音という種類の椿なのです。そこで、この椿も紋様化して配置しています。
あとはやはり現代のクリエーティブが入っていないと面白くない。そこで、初音ミクといえば「ネギ」ですよね。こちらはネギなのです。3本のネギがあり、葉がそこから1本につき3枚、つまりネギが3本、葉が9枚で39(みく)。これを、【巴三本葱初音紋】(ともえさんぼんねぎはつねもん)と命名しました。
それからヘアピンとネクタイピンを家紋調に少しアレンジしたものを組み合わせてモノグラムにしています。
熊谷:画面越しですが、色がとても綺麗なのがわかります。やはりデータとは違いますね。
*源氏香:香道における香りを当てるゲーム。正解のパターンは52通りあり、その一つひとつにマークが存在する。世界で一番古い長編小説である源氏物語の54帖のうち、初巻と終巻を除いた52帖にこれらのマークを当てはめたものを源氏香という。
ー「初音づくし」がデザインされた希少な限定アイテムー
岡野:浴衣や帯、履物もミクにちなんで39点限定のものを作ります。これらは、本物の素材や技術を使って表現しようと思っています。
例えば、雪花絞り(せっかしぼり)という絞りがあって、雪の結晶のような見た目になります。やはり初音ミクといえば北海道ですから。この雪花絞りの生地の上に「初音づくし」モノグラムを配していきます。
実は、これまで布地へプリントするインクといえば染料だったので、染料で染めたものの上からまた染料を乗せることはできなかったのです。色が混ざったり、最後に色止めのために蒸さないといけないので色が少しぼやけたりするのですよ。
けれども、最近ようやく顔料のインクを使用する技術が安定してきて。本物の絞りの上にモノグラムを顔料で乗せていくという表現を初めて実現します。
ー今までにない表現を追求するプロジェクト「初音工房」ー
岡野:今回のこのプロジェクトは「初音工房」という名前にしようと熊谷さんと話しています。
この初音工房で作るものは、昔からあるものに最先端の技術を組み合わせて、今までにない表現をしていきたいなと思っています。
例えば、今回の帯も伝統的な西陣織なのですが、新しい素材を作ってもらっています。
螺鈿という貝殻を使った技法をご存知ですか?
本物の螺鈿(らでん)を使ってしまうと高価になりすぎますが、ラテン金糸という素材を使用することで価格を抑えつつ、それを織り込むことでCDの表面のような七色に変化する生地を作っています。
岡野:履物もミクの印象的なブルーを基調としています。39点限定の品には、底の部分に本革を使い、メタリックな表現にするためにブルーの箔押しを施します。
鼻緒(はなお)は細く短めにすることでサンダルのような洋の印象も持たせ、洋服と合わせても違和感のないデザインにしています。
ー16周年を迎えた初音ミクのこれからー
熊谷:今はインターネットを使えば誰でも自分の描いた絵や音楽を公開し、世界中の人に見たり聴いたりしてもらえるような時代になりましたが、これってほんの2~30年前では考えられなかったように思います。初音ミクのムーブメントが大きく広がるきっかけとなったのはテクノロジーの発達と共に誰でもクリエーターになれるようになったことと、人間の根底にある、なにかものを作ってみたいという創作意欲が大きく影響しているのではないでしょうか。
我々は初音ミクを通じて、2次創作やn次創作と呼ばれる創作文化を日本に広めることが出来たのではないかと考えておりますが、このムーブメントを国や人種を超え、もっと世界に広げていくことが大きな目標です。
そのためにはクリエーターの方々が日々たくさんの作品を生み出してくれることが重要で、我々はクリエーターの方に創作のきっかけや機会、環境を提供していくことがミッションであると思っています。今回のコラボレーションもそういったきっかけに繋がればよいなと考える次第です。
また今年は、初音ミク誕生から16年を迎え、設定年齢(16歳)に追いついたという一度しかない記念の年です。伊勢丹さんでの催事をはじめ、さまざまな施策を準備中ですのでこちらもご期待ください!
ITOGUCHIさんとの今回のコラボもその一つです。今回のアイテムを手に取って、「自分でもこういうものを作ってみたいな」とか、「こういうデザインをしてみたいな」と何かしら思ってくだされば、それが創作のきっかけになると思うのです。
ー曖昧さから生まれる日本独特のクリエーションの形ー
岡野:「工芸」という言葉は、工業と芸術から成り立っています。つまり、テクノロジーとアートの間にあるのです。さらに今の時代ではデザインやサイエンスも含まれると思いますので、サイエンスとテクノロジー、アートとデザイン、その真ん中ぐらいにあるのが工芸だと思っています。
西洋はこういうセグメントをきちっと分けるのですが、日本人は曖昧なまま取り組めるという能力が僕はあると思っています。
例えば、風神雷神図屏風(ふうじんらいじんずびょうぶ)を作ったのは俵屋宗達(たわらやそうたつ)と言われていますが、彼はプロデューサーであって、実際は名もなきなき職人たちが集まって作っているのです。
一方、初音ミク文化圏を見ていても、初音ミクというスーパーコンテンツがあり、そこに絵師の人や、作曲をする人といったさまざまな人が集まっている。
今、Web3.0のDAO*とか言われていますが、もともと日本は曖昧とした集合意識の中で物事をクリエイトしていく土壌があったと僕は信じています。
ですから職人集団が相互意識の中で何かを作り上げる工芸の世界と、まさに初音ミク文化圏はそもそも相性がいい。
*DAO=分散型自立組織。特定の所有者や管理者が存在せずとも、事業やプロジェクトを推進できる組織を指す。
岡野:今回は、「初音工房」というとても良いコンセプトができました。最終的に僕は「初音庵」という茶室を作りたいのです。茶の湯の世界にはあらゆる工芸品が存在しますからね。茶室というのは、つまるところ「宇宙」であり、現実空間にある非現実空間です。それがWeb3.0の時代になってメタバースが誕生したので、このメタバース上に初音庵という仮想現実の中の非現実空間を作り、さらにリアルでも初音庵を存在させたい。
最近「フィジタル*」という言葉もありますが、デジタルとリアル両方で成立しているような世界に誇れる日本の新しいモノづくりを初音工房で取り組みたいと考えています。
*フィジタル=Physical(フィジカル)とDigital(デジタル)をかけ合わせた造語で、リアル世界とデジタル世界を融合させることを指す。メタバース時代の重要なキーワードとされている。
*博多織元OKANO=創業1898年の伝統的工芸品博多織の織元。皇室献上や内閣総理大臣賞を多数受賞。
キャラクタービジネスBチーム マネージャー
*クリプトン・フューチャー・メディア株式会社=サウンド素材を輸入販売する「音の商社」として起業し、クリエイターが物事を『ツクル』ための技術やサービス、つくった物事を発表する場をクリエイトし続けている。
クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が開発した、歌詞とメロディーを入力して誰でも歌を歌わせることができる「ソフトウェア」です。大勢のクリエーターが「初音ミク」で音楽を作り、インターネット上に投稿したことで一躍ムーブメントとなりました。「キャラクター」としても注目を集め、今ではバーチャル・シンガーとしてグッズ展開やライブを行うなど多方面で活躍するようになり、人気は世界に拡がっています。
©CFM