~お茶のこころを伝える~ 父から子への手紙 令和四年・秋

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季節を五感で感じ、自然と一体となることで人生を豊かにしてくれる「茶の湯」の世界。お茶をたしなむ父から愛する子にあてた手紙には、相手を思い遣るさり気ない心づかいや、現代人が心豊かに人生を送るためのヒントが散りばめられています。お作法やしきたりはちょっと横において、暮らしの中で楽しむ「茶の湯」の世界を覗いてみませんか。

 

父から子への手紙 令和四年・秋

手紙を書いている画像
 

「世の中の茶筅になれ」
この言葉は二十数年前に、私たちの結婚披露宴でお茶の師匠から贈られた言葉です。
お茶道具において、茶碗や茶杓、水指、建水などどれをとってもほかのもので代用がききます。お茶碗はボウル、茶杓はスプーン、水指や建水はそれなりの大きさの器であればそれに見立てればよいのです。

しかし茶筅だけはほかの物では代用が不可能です。お抹茶を攪拌し、茶葉本来の味を生かすのは茶筅以外ではできないのです。
つまり世の中の茶筅になるということは、社会において余人をもってかえがたい存在になれ、ということです。

私はこの言葉を常に頭に置きながら仕事をし、家族とともに生きてきました。どんな小さな事でもよいのです。この領域のこの分野、この項目では誰にも負けないものを一つでも持つことができたなら、これが山あり谷ありの人生に自信という栄養を与えてくれます。
君の行く道はまだまだ始まったばかり。
走ってばかりでは身が持ちません。時には立ち止まってお茶を一服点てて飲んでごらん。

 
  • お茶の道具の画像

     

     

子から父への返信

お父さん、いつも励ましの言葉をありがとう。
生活の中で難しい判断を迫られる時でも、仕事で行き詰まってしまった時でも、自信と心の持ち様で乗り切ることの大切さを学びました。
これまでは掛軸の禅語に力をもらっていましたが、今回はまさか茶筅に助けられるとは。
それにしても茶筅は美しい形をしていますね。茶筅も自分の仕事に自信と誇りを持っているかのようです。

この言葉をくださったお茶の師匠は焼き物の作家でもあると聞きました。こちらに来る時に持たせてくれた黒の楽茶碗の作家ですね。このお茶碗でお茶を点てると自然と綺麗に泡が立って美味しく飲めるので不思議に思っていました。使う側と造る側の両方の極意を理解しているということですね。

この辺の概念もきっと禅語で表現したものがありそうですね。勉強いたします。
少し心が晴れました。ありがとうございました。お母さんによろしく。

 
  • お茶碗の画像

     

    金井 紫晴作 鶸色釉縦櫛目茶盌 銘「いかづち(雷)」

~お茶のこころを伝える~
日本橋三越本店 美術部 茶道・工芸担当 三宅 慶昌

今回は仕事で悩みを抱える子供に対して父親が愛の言葉を贈るという場面です。師匠からの言葉を心の中で大切に守り続けるという姿を子供に伝えるのも導きの方法の一つかもしれません。

さて今回は日本が誇る茶筅と楽茶碗が登場しました。
わが国独特の気候・風土で育った上質の竹で制作された茶筅は、しなやかでお茶を美味しく点てることができます。

楽茶碗はまさにお茶を飲むために生まれた日本独自の焼き物です。手ざわり・口当たり・温もりを感じながら一服を楽しみましょう。

三宅 慶昌さんの画像
三宅 慶昌
日本橋三越本店 美術部 茶道・工芸担当
大学時代に成城大学名誉教授・清水眞澄先生(現・三井記念美術館館長)に師事し、主に日本美術についての研究、造詣を深め、博物館学芸員資格取得。1991年株式会社三越に入社。新入配属として日本橋三越本店美術部の工芸・茶道具を担当し、以来30年にわたり茶道工芸を中心に作家とお客様との橋渡し役を務めている。
また、入社とともに茶道入門、知識と人脈を広げ、人間鍛錬の糧として茶の湯の精神を学んでいる。
プライベートでは、妻と娘二人の父であるが、ともに独立し、たまにSNSで娘たちと交流するのが楽しみ。